澤山は母校である関西大学と吹田市を拠点に日本拳法会を開き、創始当初から大学体育会を対象に普及がなされた。関東進出を任された弟子の森良之祐が後に袂を別って協会を開き、その協会から分裂して連盟が生まれた。関東では立正大学が東日本の大学で最初の日本拳法クラブとして創部され、以降徐々に広がりを見せる。
運営団体の特徴として大学における連携組織の充実があり体術及び練習法の体系化、指導者層の育成を見越していた点が評価される。他の打撃系団体もこれを模倣する組織が多い。澤山が日本拳法創始時、関西大学の学生と研究したことから同大では現在でも「学技」としており強豪である。その後、国士舘大学や明治大学が関西圏の選手を引き抜くようになり、高校で実績を残すと関東の大学に引き抜かれる場合が多い。他に中央大学、龍谷大学、大阪商業大学、早稲田大学、関西学院大学なども強豪として挙げられる。一方で、いわゆるセレクションによる男子選手の受け入れを行っていない同志社大学も前述の大学に接戦、もしくは時折勝利している。
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すべて大正以降の出来事だが、総合格闘技ムーヴメントより遙か前から多種類の技を駆使する直接打撃制の歴史を重ねてきている。その即用性の高さから、協会の拳法は自衛隊の教練にも取り入れられ、森良之祐が自衛隊徒手格闘制定に参画したことから、自衛隊徒手格闘は協会拳法と柔道と富木流合気道をベースに作られた。また、森は警察大学校の講師でもあったため警察の逮捕術にも大きな影響をあたえている。全国の大学にクラブがあり、その出身者たちの活躍も発展の素地となっている。